名古屋地方裁判所 昭和38年(行)16号 判決 1969年4月11日
名古屋市東区新出来町一丁目三五番地
原告
尾関博
右訴訟代理人弁護士
太田耕治
同市同区主税町三丁目一一番地
被告
名古屋東税務署長
右指定代理人
松沢智
同
奥村欣三郎
同
中原勇
同
坪川勉
右当事者間の昭和三八年(行)第一六号所得税決定処分等取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方が求めた裁判
(原告)
「一、被告が昭和三七年八月二九日附でなした原告の昭和三六年度分所得につきその税額を三三三、一〇〇円、無申告加算税を七八、二五〇円とした決定(以下本件決定と略称する)はこれを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
(被告)
主文同旨の判決。
第二、当事者双方の主張
(原告)
(請求原因)
(一) 原告は、昭和二一年荷札の卸販売業であるトクダ荷札店(以下荷札店という)を引継ぎ以後これを個人事業として経営するかたわら、昭和二九年貿易業を目的とする大三商事株式会社(以下大三商事という)を創立し、その代表取締役を兼ねていた。
(二) 被告は昭和三七年八月二九日附で原告に対し本件所得税及び無申告加算税の賦課決定をした。原告は同年九月二七日、右決定に対し被告に再調査の請求をしたが棄却された。
そこで原告は更に名古屋国税局長に対し審査の請求をしたが昭和三八年四月三〇日附で棄却された。
(三) しかしながら被告のなした右決定は原告の主張する金員、一、七九〇、三〇〇円を必要経費として算入しないでなされたものであるからその取消を求める。
(主張)
(一) 被告主張による原告の所得税額算定のうち、後記(1)の事業所得についてその必要経費の合計額を争うほか、他の所得金額は争わない。
所得税額の算定につき原告被告間に差異を生ずるのは昭和三六年度における必要経費の点にある。即ち被告は七、八八〇、〇二四円しか計上していないが、実際は九、六七〇、三二四円存したのである。
(二) 原告は大三商事の代表取締役をしていたところから、同社の債務につき個人保証をしていたが、同社は約二五、〇〇〇、〇〇〇円の損失を生じて昭和三二年に倒産した。
(三) そのため原告の個人資産や個人営業たる荷札店等すべて右債務の対象となつた。原告は私財をなげうり整理できるものはすべて整理して債務を支払つてきた。その結果、原告は資力が欠乏し荷札店の経営すら困難になつてきたので、昭和三二、三三年と右債務の支払を一時中止し、荷札店のたてなおしをはかつた。
即ち原告は
(イ) 銀行及び個人の金融業者から借入をなし、
(ロ) 訴外大蔵商店こと、大蔵照二他数名と荷札店との間で融通手形を融通しあい、
資金繰りをつけ荷札店の経営を続行し一応の利益をもあげてきたのである。
ところが手形の融通先たる大蔵商店が倒産するにおよび原告は自己振出の手形をおとすと共に、大蔵商店振出の手形もおとさねばならなくなり、結局二重払いのため融通手形額と同額の損害を受けた。
(四) 原告が本訴で主張する経費とは右のうち、
(イ) 個人から借入れた金員に対する利息額と、
(ロ) 融通手形交換によつて蒙つた損害金額をいう。
以下右の点について説明する。
(イ) 借入金の利息について
利息の支払状況は左のとおりである。
支払先 金額
(1) 桑原広光 二八八、〇〇〇円
(2) 鈴木幹雄 一三三、〇〇〇円
(3) 株式会社富士産業 五一、〇〇〇円
(4) 厚進産業 六五、五〇〇円
以上合計 五三七、五〇〇円
(ロ) 融通手形について
周知の如く銀行は弱小企業者に対しては預金担保がある時のみ預金を若干上廻る金額について単名手形(手形振出人が借受人である手形)による金融を与えるのみで、その他の場合には単名手形による金融は原則として行わない。
原告は自己所有の不動産を銀行に担保に入れて銀行からの金融をあおいできたが、右物件には先順位、後順位の抵当権が設定されているところから銀行としても単名手形による貸付に応じてくれなかつた。
かかる場合、弱小企業者としては、第三者振出の手形を借り、これを商手(取引によつて取得した手形)であると称して銀行に持ち込み(不動産の担保を背景として)、右商手を割引いて貰つて金融を受けるということが広く行われている。
原告も荷札店の資金繰りのため、昭和三五年から、原告と同じ立場にある大蔵商店と荷札店間で相互に為手を貸しあい(融通手形)、双方共取得した手形を銀行で割引き金融を受けていたのである。
ところが前述の如く融通手形の交換先たる大蔵商店が倒産し、その結果原告は自分が割引いて費消した大蔵商店引受の手形を落すと共に、大蔵商店が割引き費消した原告引受の手形をも自己の負担で落さざるを得なくなつた。原告と大蔵商店間の融通手形交換の模様は別紙表(一)記載の通りである。
(五) 右の個人借入の利息計五三七、五〇〇円及び融通手形上の損失(原告が引受けた手形の合計金額)計一、二五二、八〇〇円の合計一、七九〇、三〇〇円は、荷札店経営のために支出したものである。従つてこれを必要経費として認むべきである。
しかるに、被告は銀行借入の利息は必要経費として認めながら、個人借入の利息と融通手形の不渡等に基因して生じた損失については認めていない。
これは銀行借入分は荷札店の経営と直接関連するが、個人借入分と融通手形の不渡に基因する分は荷札店の経営とは直接関連せず、むしろ保証債務の支払に直接関連すると認めたからにほかならない。
(六) しかしながら個人は自己の債務を自己の資産をもつて支払うべき義務があるから、その支払の結果、資金難に陥入り、荷札店の経営が困難になつた場合、この荷札店経営のために生じた個人借入利息や融通手形上の損失は当然、荷札店経営のための必要経費に該当するものである。但し原告が個人借入利息を支払い融通手形を振出さざるを得なくなつたのは、昭和三二年に発生した保証債務を支払つた結果であることは争わない。
(七) 以上のとおりであるから、右の必要経費合計一、七九〇、三〇〇円を控除すれば原告の昭和三六年度中の損益計算は欠損となり原告には課税される所得はなくなり、結局所得税額は皆無の筈である。従つて本件決定は違法であり取消を免れない。
(被告)
(請求原因事実に対する認否)
(一) 第一、二項の事実は認める。
(原告の主張に対して)
(一) 第一項の事実中、原告主張の必要経費の総額について争う。
(二) 第二項の事実中、大三商事の債務額は不知、その余の事実は認める。
(三) 第三項の事実中、原告が昭和三二、三年で保証債務の履行を中止したとの事実は否認、その余の事実は不知。
(四) 原告主張の桑原広光等に利息金員を支払つた事実、融通手形を振出した事実はいずれも不知。
(五) 原告が銀行から借入れた利息についてそのうち一部を必要経費として控除したことは認める。
原告主張の金員は荷札店経営と関連がないから必要経費に該当しないのである。
(主張)
(一) 被告が原告の所得税額を三三三、一〇〇円と算定した根拠は次のとおりである。
一、総所得金額の算出根基
(1) 事業(営業)所得の課税標準
総収入金額 九、三六四、〇二四円(ア)
必要経費の合計額 七、八八〇、〇二四円(イ)
課税標準((ア)-(イ)) 一、四八四、〇〇〇円(ウ)
(2) 給与所得の課税標準
収入金額 一七五、〇〇〇円(エ)
給与所得控除額 四三、〇〇〇円(オ)
課税標準((エ)-(オ)) 一三二、〇〇〇円(カ)
(3) 総所得金額((ウ)+(カ)) 一、六一六、〇〇〇円
二、所得税額の算出根基
総所得金額 一、六一六、〇〇〇円(キ)
基礎控除 九〇、〇〇〇円(ク)
課税される所得金額((キ)-(ク)) 一、五二六、〇〇〇円(ケ)
所得税額 三四六、六〇〇円
三、申告納税額の算出根基
所得税額 三四六、六〇〇円(コ)
源泉徴収税額 一三、五〇〇円(サ)
申告納税額((コ)-(サ)) 三三三、一〇〇円
なお必要経費の合計額はその後調査したところによれば前記七、八八〇、〇二四円ではなく、七、五六三、二四二円であることが判明したので、実際の事業所得の課税標準は金一、八〇〇、七八二円となるべきものである。
従つて本件課税が右範囲内でなされたものであることは明らかである。
(二) 原告の主張する金員が必要経費に該当しない所以を以下説明する。
一、所得税法第九条第一項第四号に規定される事業所得の計算上控除されるべき必要経費とは、同法第一〇条第二項によれば「当該総収入金額を得るために必要なもの」と規定されている。
ここに「当該総収入金額を得るに必要な経費」とは当該事業を遂行し経営して、その事業所得を得るために必要な経費を意味する。従つて原告の主張する金員が必要経費に該当するかどうかは、右金員の生じた原因やそれがいかに使用されたか等を明らかにすることによつて、右金員が直接荷札店の事業遂行ひいては事業収入を得るために必要なものかどうかが明確になる。
(1) しかして被告の調査によれば、原告が融通手形を振出し、個人借入をなすに至つた事情は以下の如くである。
即ち原告は大三商事の債務を自己の手持資金で支払つたが、そこになお不足があつたので、訴外大蔵昭二らと融通手形を取りかわし、それを取引銀行で割引き資金を得て順次弁済に当ててきたが、割引による資金調達も限度があるので、別途資金を得るため個人借入をなしたものである。
従つて融通手形上の損失、個人借入分は荷札店経営のためのものでないことは明白である。
(2) なお原告は大三商事の債務を支払つたのは昭和三二、三年まででそれ以後支払を中止しているから本件金員は荷札店経営のための借入金である旨主張するが、原告は保証債務を昭和三四年以降にも弁済していることから、債務弁済中止を前提として立論は理由がない。
(3) また原告は保証債務履行の結果、資金に窮し債務弁済を中止し荷札店のたてなおしをはかるため、銀行及び個人金融業者から借入を受けたと主張するが、原告は保証債務履行前の昭和三一年当時においてすでに主たる取引銀行たる東海銀行赤塚支店に借入金が九〇〇、〇〇〇円あり、それが係争年当時は逆に八六〇、〇〇〇円に減少していることから、保証債務弁済後、改めて銀行から金融を受けたとの主張は理由がない。
(4) 一般的に企業においては、借入金は、運転資金の不足、設備拡張資金の調達等のため発生するのが通常である。
しかし本件係争年度における荷札店の事業活動を鳥瞰すると、荷札店の取引先等が倒産し売掛金の回収が滞つたり、貸倒れとなつて資金の枯渇を生じたという事実もなく、又、材料等の仕入資金、人件費、運搬費、通信費等の大口費用の支出状況を見ても他の同業者に比し特に過大と認められる事実もない。さらに事業設備の拡張、その他事業用の機械器具備品の購入、或いは係争年以前に大口借入れがあり、当該年にそれを返済する等、多額の費用が支出された事実もない。
右事実からすれば、係争年において荷札店が事業活動遂行のため、原告が自認するような一二、〇〇〇、〇〇〇円余の借入金が必要であつたとは認められない。
(5) 仮に原告主張のように第一次に大三商事の取引先が倒産し、その影響により荷札店とは関係のない大三商事が第二次に倒産し、原告が個人保証をしていた関係上、第三次的に原告の個人事業たる荷札店の資金が枯渇し、その金繰りのため借入をしたり、或いは融通手形を交換したとしても、これらの借入金やその利息は、あくまで「保証債務の弁済のための利息一又は「事業の総収入金額に対応しない借入金の利息」であつて、直接、原告荷札店の荷札の製造販売の事業に関係がないから「荷札製造販売事業遂行のため」或いは「その収入を得るため」に支出された必要経費とは認められない。
二、被告が銀行借入金のうち一部分のみを必要経費として認め個人借入分を必取経費として認めないのは次の理由による。
即ち荷札店は一の(3)で述べたとおり大三商事が倒産する以前の昭和三一年当時すでにその主たる取引銀行たる東海銀行赤塚支店に借入金があることから、銀行借入分は荷札店経営に直接関連するものと認められたからである。
但し銀行借入利息のうち株式会社名古屋相互銀行平田町支店、株式会社中央相互銀行今池支店および愛知信用金庫本店営業部における借入利息合計三一六、七八二円は原告が割引いた融通手形の割引料であることが判明した。
よつて従前被告が主張したと同じ理由により右融通手形の割引による借入金は原告トクダ荷札店の事業遂行に直接関連がないと認められたので、結局銀行借入利息中右三一六、七八二円は必要経費とならないことになる。なお右借入利息三一六、七八二円の明細
(一) 名古屋相互銀行平田町支店の割引料総計一三四、七二八円五〇銭、
(二) 愛知信用金庫本店営業部の割引料総計一〇一、三六〇円八銭、
(三) 中央相互銀行今池支店の割引総計八〇、六九三円六一銭、
である。
(三)1 仮に原告主張の金員が荷札店と何らかの関連があるとすれば、それは所得税法施行規則第一〇条の二五に規定する家事関連費に該当すると考えられる。
しかし本件は右規則第一〇条の二五に規定するように家事費と企業のための費用が明瞭に区分できないので事業上の必要経費に該当しない。
2 即ち所得税法においては、企業そのものに対する課税という観念が徹底せず企業主たる個人に対する課税という考え方に立脚している。その個人は生活手段のための収益を獲得し消費生活を維持して行くという経済行動を中心として考えられた自然人であり、その経済行動における収入および支出もまた、企業と家計が未分離の状態にあつて明確に区分されないものも相当存在するという状態にある。従つて個人事業所得の概念は、個人の綜合所得の一環として、把握され、そのため消費生活を予定することを要しない法人の所得概念とこの点について相違し、従つて法人の預金とはその範囲を異にし、より複雑な要素が入り込んでくることとなる。即ち個人企業における費用については、純粋に企業のための費用の他に家事費(企業以外の費用)が存在し、さらに右の双方を混合して支出される場合、すなわち家事関連費も存在する。
そこで、個人における企業と家計の未分離の状態における支出等から、必要経費の概念確定のために、所得税法においては「費用収益対応主義」(総収入金額に対応する経費に限るもの)と「家事費排除主義」の理念が導入される。
故に右の家事関連費については、総収入金額を得るために必要であつて、かつその必要である部分が明瞭に区分できる場合に限つて必要経費として取扱つている。
従つて明瞭に区分することができないものは、必要経費とはしないのである(所得税法施行規則第一〇条の二五第一項第一号)。
3 しかるところ、本件は原告がその主張(六)で自認するように、当初、大三商事に対する保証債務履行のため(即ち企業以外の費用、家事費として)の支出であつたところ、その後何時の間にか、その一部分に企業のための費用の要素も混合され家事関連費となつたというにある。
従つて本件で、仮に個人借入金および融通手形交換に基づく貸金が一部、荷札店の事業に直接関係していたとしても、荷札店の事業に直接関係した部分と、然らざる部分とが明確に区別されないので、当該支払利息および融通手形の損失は荷札店の事業上の必要経費には算入されないのである。
(四) 被告の右主張がいれられないとしたら次の如く主張する。
(借入金について)
通常、荷札製造業者がその事業遂行のために、何程の借入金利を支払うものか、被告は係争年たる昭和三六年当時の名古屋市内における全荷札製造業者につき、当該年度の総収入額と借入金利息との割合を調査したところ、別紙表(二)のような結果を得た(但し一業者だけは昭和三七年二月二一日の新規設立法人であるため、設立日から同年一二月三一日の事業年度について調査した)。これによると、個人事業者の平均割合は〇・二五%、法人事業者でも平均二%をしめているにすぎない。
これに対し原告においては、その割合は六・一%にも達し同業者の比率を大幅に上廻つている。
他方(二)の一の(4)で述べたように荷札店では、特に多大の借入金を必要としたような事情はうかがわれない。従つて以上の事実から、荷札店経営のための必要経費のうち支払利息分については銀行借入分のみで十分で原告主張の個人借入利息分はもはや経費性を失つている。
(融通手形について)
1 所得税法第一〇条の規定により所得額を算定するにつき計上しうる損失は当該年内に損失として確定したものに限られる。
従つて貸倒債権を損失として計上するには、債務者の破産、整理などの事情により、債権が回収不能となつた場合、または債権放棄の事実が存在することを要する。
2 これを本件についてみるに、原告主張の融通手形は訴外大蔵昭二が振出したものであるか、右訴外人には未だ資産があり、本件係争年の翌年には不動産の譲渡にかかる収入金額が一、〇五〇、〇〇〇円もあり、更に同人も事業再興をはかつていること、および手形上の権利または原因債権が未だ時効で消滅していないこと、原告が右債権を放棄した事実も認められないこと等を勘案すれば、原告主張の融通手形の損失は本件係争年分の所得額算定に際し損失として控除しえないものと考える。
(被告の主張事実に対する原告の認否)
(二)の一の(2)の事実中、原告が昭和三四年以降において大三商事のため保証債務の支払を為したことは否認する。
(二)の一の(3)の事実中、昭和三一年当時において原告に東海銀行赤塚支店からの借入金債務が九〇〇、〇〇〇円あつたことそれが係争年当時に八六〇、〇〇〇円に減少したことは認める。
(二)の二の事実中、銀行借入利息三一六、七八二円の明細は認める。
(四)の(借入金について)の事実中、別紙表(二)の記載事実は知らない。
(四)の(融通手形について)の事実中、本件係争年の翌年に訴外大蔵昭二に不動産の譲渡にかかる収入が一、〇五〇、〇〇〇円あつたことおよび同人が当時事業の再興をはかつていたことはいずれも知らない。手形上の権利およびその原因債権がいまだ時効で消滅していないことは認める。
第三、証拠関係
(原告)
1 甲第一ないし第四号証、甲第五号証の一、二、甲第六号証の一、二、甲第七号証、甲第八号証、甲第九号証の一、二、甲第一〇号証の一ないし四、甲第一一ないし第一三号証を提出する。
2 証人大蔵昭二の証言を援用する。
3 乙第五ないし第八号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認める。
(被告)
1 乙第一ないし第一八号証を提出する。
2 証人新美康夫、同塩原利武、同松井清の各証言を援用する。
3 甲第一〇号証の一ないし四、甲第一三号証の成立は認める。
その余の甲号各証の成立は不知。
理由
一、請求原因第一、二項については当事者間に争いがない。
二、そこで本件の争点である荷札店が昭和三六年度に支出した必要経費の額について検討する。
原告は、原告が訴外大三商事のため個人保証債務を支払つたため荷札店の資力が欠乏し経営が困難になつたので、個人の金融業者から資金を借入れあるいは訴外大蔵商店との間で互いに融通手形を融通しあい割引金を得て、これらを荷札店の資金に当てて来たが、右個人借入金の利息として原告が支払つた金五三七、五〇〇円及び右大蔵商店の倒産により原告が支出せざるを得なくなつた同店振出原告引受の手形の買戻し等の費用一、二五二、八〇〇円合計金一、七九〇、三〇〇円は、いずれも荷札店経営のために支出されたものであるから荷札店が昭和三六年度に支出した必要経費に相当する旨主張する。
ところで所得税法第九条第一項第四号に規定される事業所得の計算上控除されるべき必要経費とは、当該総収入金額を得るために必要な経費(同法第一〇条第二項)をいう。従つて原告の主張する金員が右必要経費に該当するか否かは、右金員の生じた原因及びそれが使用された結果を明らかにしなければならないが、仮に原告主張のように個人の金融業者からの借入金及び大蔵商店から得た融通手形の割引金が、いずれも荷札店の営業資金の不足部分に当てられたものとしても、原告も自認するとおり、その荷札店の営業資金の枯渇をもたらしたそもそもの原因は、原告が右荷札店の営業資金を荷札店の営業と無関係な個人保証債務の支払に流用したためであるから(右個人借入や融通手形の交換による資金の導入と右個人保証債務の支払の間には、因果関係が認められる)、右個人からの資金の借入及び融通手形の交換による資金の導入は、実質的にみていずれも原告の保証債務の支払のためになされたものと解すべきである。
そうだとすれば右個人借入金の利息五三七、五〇〇円及び融通手形の交換に伴なう損害金(大蔵商店振出原告引受の手形を買戻す費用等)一、二五二、八〇〇円の支払は、いずれも荷札店の経営と関連のない支出であり、本件事業の総収入金額を得るために必要な経費にはあたらないものといわなければならない。
従つて被告が荷札店の昭和三六年度事業所得の算定にあたり、その必要経費を金七、八八〇、〇二四円と定め、これを基にして原告に対し同年度における所得税及び無申告加算税を賦課した本件決定は適法である。
三、よつて右決定の違法を主張しその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れないので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 片山欽司 裁判官 豊永格)
表一
(原告振出大蔵引受手形)
<省略>
(大蔵振出原告引受手形)
<省略>
以上原告引受手形の手形金額合計 一、二五二、八〇〇円
表(二)
名古屋市内における荷札製造業者の収入金額対借入金利息の割合調べ
<省略>
(註)1.平均はすべて算術平均である。
2.C法人は昭和37年2月21日に設立したものである。
3.(3)「出資金に対する利息相当額」欄には出資金に対し、利息を支払うものと想定した場合の利息相当額を計上した。
利率は利息制限法による最高限年1割5分と1割8分を採用した。